次はどうなっていくか?次の誤謬はもうはじまりつつある。

感染者数が2万を越えた。死亡者数はほぼ1000。死亡率は、5%だ。この値は、世界共通だ。日本が低いわけではない。

感染者数が増えれば、5%の比例で、死亡者が増える。このロジックに対して、世代ごとに感染者数が大きく異なるはずだというロジックで、高齢者の死亡率と高齢者以外の死亡率を別計算にする人もいる。
つまり、「高齢の感染者の死亡率は20%で、若い人は1%だ」という話である。

高齢の感染者の死亡率が統計的にどれくらい正確かは、確かではない。同様に、若い人の感染者の死亡率も確かではない。若い人では感染者1000人に1人だけが死ぬという説を、ブラジルのボルソナド大統領が好む。トランプ大統領も、99.9%の人間がそもそも感染しないと叫んでいる。

世代で感染率や死亡率がことなるのは事実としても、統計上の話にすぎない。現実の社会では、世代ごとに別れて居住しているわけではないので、感染は撹拌されて広がる。若い人がウイルスの運び手という役割を果たし、高齢者が貰い手になる撹拌だ。これを防ぐ良いアイデアは、どの国も持っていない。WHOにも知恵がない。

集団免疫を獲得できるまで気長に辛抱しながら、時間の過ぎるのをまつしかない。ワクチンができるにこしたことはないが、近頃のCNNではファウチ博士が、免疫効果が長持ちするものをつくれるかどうか、期待しすぎないようにと言ったとか。

新型コロナウイルスの対策は、EBM(エビデンス・ベースド・メディシン)で行なわれているはずだ。そのEBMが要求するルールを、経済対策として政治と行政が行なう施策が破ってはならない。
小池氏がオリンピックの簡素化を検討すると選挙公約したが、森組織委員長は、IOCはテレビスポンサーがあるため簡素化を許さないだろうと公言している。当初の計画通りどうやってやるつもりか、その妄想の企画書を見てみたい気もするが、どんな案にしろ、EBMに合致できるとは思えない。オリンピックをやると政治が決断するのは、COVIT-19のEBMを破る典型例になるかもしれない。IOCと日本政府と東京都がよってたかって、科学が導いた証拠を無視するケースになるかもしれない。山中氏や尾身氏は、オリンピックをやると決める有識者になるのだろうか? 

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