コロナ後を、もっとましな社会にするために

収束も終息も見通せない新型コロナの”今日このごろ”である。
厳しいことに、社会では金の廻りが滞っている。
金が廻ってこなくて壊死する業界や階層が予想されている。
商売させてくれ!の悲鳴があちこちで上がっている。

しかし、商売を再開したとしても、消費的売上は見込めないだろう。
理由は、
①カネのない客が増えた。
②カネがあっても、買い控えする。
③客の価値観が変わって、いままでのニーズが消えた。新しい時代に合ったニーズがまだ生まれていない。
④客の欲求が変わって、いままでのウオンツが消えた。新しい時代に合ったウオンツがまだ自覚されていない。

事業用の設備投資的売上も、見込めないだろう。
理由は、
①設備更新や設備投資のリスクを怖がるようになった。
②借金してまで事業を起こす創業マインドが萎えている。
③業界全体の動きが見えるようになるまで、様子見戦略をとらざるを得ない。
④昨日までの老舗でも信用は収縮している。

消費も設備投資も見込みがないなら、公共事業で土建屋にカネを入れて景気を支えるというのがいままでのやりかただが、たとえ、国が建設国債を大増発しても、国民経済の隅々までにはカネを行き渡らせることはできないだろう。

では、いったい、何ができるというのか?
なにをやっても、起死回生はない。V字回復もない。例外的な成功例が発生するとしても、砂漠に咲いたサボテンの花のようなものだ。経済全体が干からびた不毛の塩田なら、ぺんぺん草も生えない。
困っている企業や階層にお金を支給するだけでは、経済は回復も再生もしない。カネを稼ぐことの夢というエンジンが働くような仕掛けが必要なのだ。それは、ちょっと前まで疑わずにやっていた観光刺激や消費刺激という「広告代理店的発想」の施策ではない。次の時代がいままでの時代と異ならなければならない点は、本物の「安心と安全」だ。これこそが、政治が作り出し、経済がその上を走るべきニュー・インフラの本質だ。余った資本が利潤を食い散らかす競争を繰り広げる狂った経済とは正反対のものだ。
おいらが何を言ってるのかわからないという人には、日本はある種の成功体験があると指摘しよう。
健康に関して日本には、国民皆保険制度がある。
同様に、経済に関しても、
企業には、「企業皆売上保険」を行い、
個人には「国民皆収入保険」をおこなうのだ。
その具体的な方向は、
「企業の公有化」と
「個人へのベーシックインカム支給」と
「1級公務員試験の受験資格は、大学生からではなく、2つ以上の異なる実務経験を5年以上つんだ大学院卒業相当者」だ。

共産主義的な考えだと非難するひともいるだろうが、これはれっきとした資本主義で民主主義で高度知性官僚主義だ。「本物の安全安心社会をつくるために欠かせない」3要素だ。
あなたもよく考えてみてくれ。

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