ながーい、ながーい、用心生活

さあ、6月だ。

人出はもとに戻っていくだろうが、ひとりひとりの内心では、自分は感染したくないと用心している。

この警戒の心理はこれからもずっと続くだろう。

警戒の心理は誰でも経験したことがあるが、「ずっと続く」経験は、おそらく、75年前の米軍の空襲以来だ。あの空襲は実質半年くらいで終わったから、新型コロナのように、ワクチンができるまでの1年2年という長期は未曾有の経験になるということだ。

慢性的に社会全体にかかってくるプレッシャーは、個々の人々にストレスとなって溜まっていく。

連想だが、黒川問題で、いままで政治に発言してこなかった芸能人たちこぞってツイッターで発言したのも、いまアメリカの警官が膝で黒人を踏みつけて窒息死させた事件にアメリカ中でデモが起きているのも、先の見えない新型コロナの状況がつくった大衆心理の発火温度が低くなっていることを反映しているのではないか。証明しようがない話だが、そんな気もする。

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私達にワクチンが届き始めるようになるまで、人々の心理的発火温度が低いまま推移するなら、人々は暴発しやすいということだ。自粛警察と呼ばれた行動も暴発の一種かもしれない。

人々は、他人の発火温度をこえるような行動を取るべきではない。どんな時代でもそうであるべきだが、今は特にそうだ。同じ苦しみの中にある人々が、互いに傷つけあって、それが何になるというのだ。
後年になって、2020はつまらない揉め事の多い年だったと記憶される可能性はある。政治に対する批判と発言は遠慮する必要はないが、生活と生計のためにやってることを、あげつらうことは慎重でありたい。

きょうはなんだかおとなしい話になってしまった。もっと過激がおいらには似合うのだが。

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