短く言う。もっと、ステイホーム ネバーReOpen

あす緊急事態宣言を解除するのは、34府県ではなく、5つふえて、39県になった。

条件は、感染者の1週間の平均が1日10人以内、2週間の平均が1日10人以内。だそうだ。現実にはゼロの県も少なくないので、かれらは、経済再開に自信があるらしい。

感染ひろがりの実験始まりではければいいのだが。

クラスター班は、出たら追うぞと張り切っているのかもしれないが、保健所の疲弊や、FAXでデータを送る保健所のアナログな仕組みは改善されたのか?疑わしい。

おいら意見は、「家にいろ」である。
閉めていた店を開いても、街は沈滞中である。
給料の減らない公務員層の支出が経済全体の牽引車にはなれない。年金生活者層も牽引車ではない。民間の客も売上は戻ってこない。トヨタも次期の利益見通しを80%減にした。他の業種は、秋を見通せないので、数字を出せませんと言っている。4月の倒産も140件をこえた。経済は悲観的だ。
内閣府の景気ウォッチャー調査で先月の景気の現状を示す指数が7.9まで低下し、2か月連続で過去最悪を更新。
「廃業を考えなければならない」
レストランからは「来客数がほぼゼロに近い状態」、
南関東地方の衣料品店も「廃業もしくは倒産を考えなければいけない状況」、
東北地方のデパートも「臨時休業に移行し、ほぼ商売はできていない」
などと厳しい状況を訴える回答があいついだそうだ。

「店を開いたら、少しはしのげるのでは」と考えたくなるのはわかるが、やってみても打開できない現実に直面し、いよいよ「倒産」「廃業」となるだろう。

治療薬とワクチンがない。人々は安心安全に感じない。経済は、安心安全なときにのみ膨らむことができる。
経済を再開するには、安心と安全を与える治療薬とワクチンが先決だ。
喰えない・待てない、のも現実だが、重湯をすすってしのぐしかない。絶望だと騒がずに、やれることをやるしかない。治療薬とワクチンが届けられるようになるまで、待つしかない。立ち湧き上がってくるどうしようもない怒りを向ける矛先は、先手先手をうてない政府と役所、公平に分配できない政府と役所、である。困窮者を救うこと。国民を泣かさないこと。それが政府と役人の義務だ。

待ってるしかない国民の側でも、できることがないわけではない。
きょう、BBCでふしぎなニュースがあった。
ドイツの自動車工場は操業の再開に先立って、生産現場における作業動作行動を250項目にわたって定めなおしたというのである。
工員が製造作業の動作をするとき、どういう動作・所作・をするべきか、というような、人体動作マニュアルのようだ。工場内でのすべての体の動かし方をきめることで、他の従業員との距離や接触をコントロールする。
能や日本舞踊で踊り手が「マをとる」のに似ている。芸術におけるタイミングとしても「マ」というより、実際の距離としての「マ」のようだ。工場での工員の作業を、集団での舞踊と見立てるいるかのようだ。ひとりひとりは勝手な動作をしない。右の人が左に移動するとき、左の人は、近づいてくる右の人から距離を置くような作業をすれば、両者は近づかないですむ。そういう所作が250項目も振り付けされたというのである。

「人間間の距離のありようを根本から考え抜く」ことで、取るべき行動をあたらしく合理的に発見するというのが、すごい。いかにもドイツ人らしいアイデアだ。こんな試みが(コロナ後という)次の時代のグローバルスタンダードに育っていくタネなのかもしれない。

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