コロナのリスクはゼロ。選択肢はそれしかない。withコロナなんて、ちゃらいことでは問題解決にならない。

7月の終わり頃に報告された「D614G」変異について、改めて関心が集まっている。イタリアで2月に見つかった変異で、このところ、マレーシアなどでも見つかり始めている。今後は、このD614G型が流行の主流になるらしい。

このD614G型は、オリジナルの武漢型ウイルスのスパイク蛋白がアスパラギン酸からグリシンに変化したもので、「9倍感染力が強い」。一方で、致死率は低いと言われる。

問題はワクチン開発との関係だ。
いま世界で進んでいるワクチン開発は、D614Gではなく、それ以前の型のものを対象としているので、D614Gの感染を防げない可能性が高い、というのだ。9月にイギリスでできるはずのワクチンも、その後にアメリカでできるはずのワクチンも、D614Gには役にたたないなら、がっかりである。日本も英米の製薬会社から1億人分以上の大量に買う約束をしたが、納品してもらったときには役に立ちませんでしたということになるかもしれない。「メクラ買い」せざるを得なかったとはいえ、買付交渉を始めたことを嬉しそうに記者発表した加藤厚生労働大臣は結果責任を問われる立場に置かれる。そのとき「D614Gにはきかないが、他の型にはきくのだから、新型コロナのワクチンにはちがいない」と役人が弁明するかと思うと、いまから憂鬱だ。アベノマスクみたいに倉庫に永久備蓄?することになるか、国民に接種して在庫処理するか、どちらにしても、ますます気分が悪くなるだろう。

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きょうネットでみた論調で、間違っていると思ったのは、「新型コロナを撲滅するのは不可能なので、感染者の拡大ができるだけ緩やかに抑制するしかない」という立場の説である。
これは、「新型コロナと同居していく案」であり、感染者数や死者数がショックなほどおおきくなければ許容するという態度である。「緊急事態宣言を出すほどではない」なら、感染数高止まりもしょうがないとする態度である。

80%接触減らせと主張した西浦氏がいた専門家会議が解散させられ、三密回避だけでやると押谷氏らが分科会に残っているのは、政府の方針が、感染者がでるのはしょうがないという暗黙の前提に立ったからである。

これを極端にすすめると、「コロナで死ぬリスクは、自動車事故で死ぬリスクより低い。社会を通常運転に戻そう」という百田氏のような暴論になる。自動車は事故のリスクがあっても使う利点が大きいから使うのであって、コロナはなんの利点もない。かれらのインチキな言い分に、うっかりだまされてはいけない。

「ゼロリスクおじさん」についての批判もきょうの論評にあった。ゼロリスクおじさんというのは、「理想だけ言える環境にある人」のことで、「理想を言えない現実に置かれている人」から見れば、腹立たしい存在だ。

そう言われてみると、おいらはまさしく「ゼロリスクおじさん」だ。「コロナのリスクを完全ゼロにしないと、行動の自由は取り戻せない」という立場だ。学校も商売も、いつ何時中断する事態になるかもしれないというストレスの中でやっていくのは異常である。非常のときだからしかたないと諦めていては、永遠に非常と異常の下から逃れられない。

「ゼロリスクおじさん」は、「理想を言えない現実に置かれている人」のことを無視しているのではない。「食えなくなる・生活を維持できなくなるから、やむを得ず、感染を拡大する危険をおかすのだ」という気持ちも言い分も、よくわかる。食えなくなったら、盗みだってやるだろう。コロナを撒き散らす危険があっても、商売して金を稼ぎたくなるだろう。
だが、その言い分は、政府にぶつけるべきだ。
かんがえてみてほしい。
政府は「医療が崩壊しそうになったときには緊急事態宣言します」というが、これは、特措法があるからだ。しかし、この国には、「食えなくなりそうな困窮者が出たときに出す」困窮者緊急事態宣言を定めた法律はない。法律がないから、必要なのに、何もしない・できない。だが、逆に言えば、法律があれば、できることなのだ。だから、「だせ、だせ、だせ」と政府に迫らなければならない。事業持続化給付金だけではなく、生活持続化給付金を「だせ、だせ、だせ」と政府にせまらなければならないのだ。諸外国では、給料の80%90%を出している。しらんぷりをしているのは、日本政府だけだ。どうせ政府はないもしないからと、最初から投票しないような態度ではいけない。「だせ、だせ、だせ」と政府にせまらなければならない。政府が出す決断をしないのなら、政府を取替えなければならない。それが、「理想を言えない現実に置かれている人」が自分を救う正当な行動だ。

いま、コロナウイルスは身近のどこかにいると想定するしかない。つまり、我々のすんでいる場所は、汚染地帯なのだ。PM2,5であれ、マラリアであれ、汚染の被害をうけるのはお断りだ。

コロナはもっと軽い。汚染なんて大げさなものじゃない、という論者も少なくない。しかし、コロナウイルスが汚染したままの世界を次世代へ渡すのがいいのか?「これが新常態なんですよ」とヌケヌケと言い放って。。。
ちがうでしょ。
海洋汚染も、温暖化も、そのまま次世代に渡すべきではないように、新型コロナが常在して襲ってくる世界をわたすべきではないでしょ。専門バカのウイルス研究者だけはウイルス常在の世界を喜ぶかもしれないが、素朴な市民はお断りするだろう。もし、全員がこころを合わせてゼロリスク主義で対処するなら、コロナリスクゼロの世界を次世代にわたせるだろう。

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