そうだ!。総理は、脳死してたんだ!。

昨日のタイトルは「おい、政府。だいじょぶか?」だったが、それは間違いだった。おもいだしたのだ。

大臣たちは、脳死してたんだ

アベノマスクで、買いだめを吐き出させた!
うっそー!!!

アベノマスク、
今週、安倍首相はこういった。

「ふつうのサージカルマスクが市場に出てきたのも、アベノマスクを配った効果です。つまり、買いだめして儲けようとしていた連中が、じぶんのマスクを売れなくなると考えて、在庫を吐き出したからです。」

3月末から中国でマスク生産が再開され大量に日本向けに出荷され始めたのが、サージカルマスクが店頭にならんだ理由だ。アベノマスクの間接効果などではない。


じつは、首相のこの主張は、4月下旬から首相の取り巻きでSNS担当の売文業者が、さかんに流していた主張であるらしい。首相がそれにのっかったということであろう。
中国からのマスクの輸入が4月にから急増しはじめたのは、事実だ。中国は他の国にもマスクを公平に輸出するつもりでいたのだが、予想に反して他国のマスク需要は少なかった。それで、他国に回す分も日本向けに出荷しているので、日本には中国産のマスクが出回るようになったのである。

ちなみに、全国民に配るはずのアベノマスクは、5月10日現在東京都の560万枚だけでしか配布されておらず、1億3000万枚用意したうちの4.3%がすんだだけだった。テレビによると「特定緊急事態指定の府県には、5月11日の週に配布開始。のこりは、月末までに」となっているが、厚生労働省のホームページで確かめると、「日々、生産・配達状況が変動するため、お届け予定日程は前後いたします。感染者数が多い都道府県から順に配布いたしますので、地域によって配布の時期が異なります」と注意書きしてあり、「月末まで」とテレビがいう府県については、「準備中」とだけ書かれていた。

さて、首相は、なぜ、「アベノマスクで、買いだめの在庫を吐き出させた」という主張、事実でもない主張を、国会で、しかも、自分の口で言うのだろうか。

ペアレント、アダルト、チャイルド

安倍首相のサイコロジカルな本質は「child」であり、「ぼくちゃん、失敗しないもん」である。歪んだ幼児性がそのまま大人になったような人物である。


ゆえに、自分の考えと異なる手厳しい現実を突きつけられると、
①きれる。(幼い頃はすねた・)
②すり抜けるためなら、論点のすり替えだけでなく、大声で別の話を持ち出し、作り話にさえすがる。
③歩が悪いときは、大声で相手を貶めるセンセーショナルな話題を繰り出す。
ことになる。
今回は、②すり抜けるための作り話にすがる。であった。

4月に中国製のサージカルマスクが出回り始めたということは、事実だ。おいらのような末端の反抗的市民にさえ、届くようになった。
この1ヶ月においらが直接経験したことだけでも、
①少し高いが商店街で売られはじめた。
②同じマンションのだれかが寄付して、全居住者に2枚ずつ配られた。
③通販の会社が、購入のおまけに1枚くれた。
④知り合いが、たくさん手に入れたのでと、150枚も送ってくれた

マスク150枚のほか、ナッツのヘルーフード


これくらいある。
アベノマスクも送られてきたが、報道では、汚れ・ほつれ・ゴミが混じってるなどで不良品が多いと聞いているので、使う気になれない。
これが、8割がたの市民の感覚である。ただで貰ったものだから使うというのは2割程度じゃないの。

安倍首相の「サイコロジカルな本質が「child」であり、ちょっと突くとすぐに歪んだ幼児性が出てくる」という特性は、側近にとってたいへん利用しやすい。

政治に批判はつきものだが、歴代の総理に比べとりわけ安倍首相は、批判を嫌う。「批判してくるものはすべて黙らせろ」というのが、政権延命のための最優先行動である。
どの政権でも批判の封じこめは第1優先のはず、と思うかもしれぬが、じつは、歴代の自民党政権の大半は、「批判の根拠になってる課題を自民党が取り込んで原案修正する」ことで批判を解消することを、最優先の方針にしてきたのである。安倍首相の「批判してくるものはすべて黙らせろ」というやりかたは、自民党の伝統にとっても、異形なのだ。

異形になった理由は、安倍首相の心的態度(メンタル・アティチュード)にある。かれが子供時代に勉強しなかったことは、安倍シンパの人物紹介ホームページでさえ「安倍晋三さんは勉強があまり得意ではなかったようですが、・・・」とされるほどだ。安倍シンパではないホームページ(野上忠興による『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館))では
/////////////引用////////////////////////////
安倍首相が大学を卒業した後アメリカに留学したのは「単なる遊学」であり、極度のホームシックから月10万円ものコレクトコールがあったこと、神戸製鉄での工場勤務や相部屋の寮生活に耐えられず、こつ然と姿を消したことなど、数々の興味深いエピソードが綴られる。

 さらに自分の意見と違うことを言われると”キレる”ことや、”反対意見に耳を塞ぐ”ルーツ、またかつては「弱い人たちに光を当てるような政治家になりたい」「(岸時代の安保への反発に対して)政治家がうまく国民に説明していないからじゃないか。自分ならもっとうまく説明できるのに、とも思っていた」という現実とは正反対な発言など、突っ込みどころ満載の評伝でもある。

 努力もしないのにネガティブな学歴コンプレックスやルサンチマンを持ち、辛いことがあるとすぐ逃げ出すお坊っちゃま。

///////////////////////引用終わり

安倍首相のが小さい頃から劣等感の塊だったという解釈も成立するが、
・劣等感
・幼児性
を並べて見ると、もうひとつの危うさがうきあがってくる。すなわち、
「ぼくちゃん、しっぱいしないもん。」
という自負心である。他者には空威張りにしか見えない自負心だが、本人はこれを反省したり悔悟したりする気がないので、これ自体が「つけこむスキ」になっていく。

安倍氏の側近には、「直言する側近」と「やってるふりの側近」と「つけこむ側近」がいる。

「直言する側近」は、


・古賀茂明氏(元経産省)のようにクビを切られ、テレビ出演が徹底的に邪魔される。
・あるいは、前川喜平氏(文科省前事務次官)のように、安倍氏のお友達の事業の邪魔をすると、クビになる。

「やってるふりの側近」は、
・森友問題で財務省の文書を書き換えて証拠を隠滅した功績で国税庁長官にしてもらったり、

廃棄しちゃったもんね。


・安倍昭恵氏の文科省への伝言を圧力ではないと庇って証言したり、だんまりを決めこんで栄転させてもらったり、


・加計学園が獣医大学を創立できるよう、新しく「四国にも必要だ」というルールを加えて他校の申請を取り下げさせたりして出世させてもらったり、


危ないところを身を挺して安倍氏の盾になることで、クビにならずにすんでいる。もし、安倍氏の盾にならない選択をしたなら、左遷されるかクビになる。

「つけこむ側近」は、出身官庁がどこ(経産省でも財務省でも文部省でも)であっても、
・「歴史に名を残したい」という安倍氏の強烈な潜在欲求を満たしてくれそうなことを提案する者なら、
・性格が悪人であろうと、タカビー(高飛車)であろうと、
クビにもせず、側に置く。

歩の悪いことが明らかになった側近でも、
・東京地裁で強姦有罪が出ても高裁に控訴したり、広島地検が選挙での贈収賄の証拠と証人を固めても、「まだ、裁判中だったり、捜査中だったするので」、クビにもならず、周りに辞職勧告も出させない

という厚遇になる。

山口氏

「つけこむ側近」と「分が悪くても守ってもらえる側近」は、安倍氏の私兵と言うのがもっとも的確だろう。かれらが、安倍討ち死に際にともに切腹殉死するとは思えないが、生きてるうちは、安倍氏をその気にさせて、「使うだけ使ってやれ」と思っている連中である

彼らは、安倍氏の「ぼくちゃん、しっぱいしないもん」という自己像を壊さないことだけが念頭にある。現実の事態が「ぼくちゃんのしっぱい」を表すものであっても、「ぼくちゃんのしっぱい」ではない別のストーリーを用意してあげれば、安倍氏は、それに飛びつく。必ず飛びつく。
そこが、「つけこむ側近」の狙い目であり、利益の源泉であり、身を守ってもらうための不可欠の要素なのである。

「現実の事態をどう認識すべきか」は、いつも吹っ飛ぶ。
会議でも交渉でも、互いの認識を一致させてから、議論を始めるものだ。現実認識の一致こそが最優先されるはずであるのに、「ぼくちゃん」と「しっぱい」を切り離したい欲望が最優先にされる。
これは、現実を現実として認識できなくなっている、ということを意味する。
「現実を現実として認識しない」というのは、「現実を拒否する」という態度として現れる。「ストレスにさらされた人の逃避」と同じである。「ぼくちゃん、しっぱいしないもん」という甘美な白昼夢に陥って居るが、じつは、「しっぱいしないぞ」という自分の内的圧力で、自分をストレス症状に追い込んでいるのである。
「ぼくちゃん、しっぱいしないもん」は、党の無謬性にこだわる共産主義政党でも、軍国主義の大本営でも発症してきた疾患だ。いま、にほんの三十数万人の国家公務員を手下につかう2万人のキャリア組でもこれに罹っている官僚は多いのではないか。

余談だが、「ぼくちゃん、しっぱいしないもん」病は、自己免疫疾患といえるだろう。「自分にもしっぱいはあったかも」という反省力は、免疫を司る白血球のように、自分を健全に戻す内的な力のはずだが、「ぼくちゃん、しっぱいしないもん」患者は、反省力という健全な復元力を失った別の横柄な生き物になるのだ。人間としての復元力をなくしたのだから、「しっぱいしないもん」ゾンビということか。

現実を認めることを拒む奥には「ぼくちゃんのじしょに、コロナなんてなーいもん」という子供っぽい願望が巣食っている。新型コロナがなかったならば、オリンピックも開催できたし、憲法改正もできたはずである。しかし、いま、多くの社説やコメンテーターが、演説をしてもプロンプターを詠むだけの首相の姿に、あきれたり怒ったりしている。安倍氏は無気力なのではない。ファンタジーな夢世界から引きずり出され苦境に立たされた「しっぱいしないもん」ゾンビの、殻に閉じこもる姿なのである。人間としては、脳死しているのだ。

ゾンビであれなんであれ、生きてるように見えるうちは、安倍氏をその気にさせて、「使うだけ使ってやれ」と思っている連中である「つけこむ側近」の所業には、監視の目を光らせるべきだ。そんなことをしないでもいいように、脳死の総理を追い出して、もっとましな新しい政権を誰か、つくってくれないか。
菅さん、あなたも腰抜けなの??

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