ウイルスは、死なずに明日もやってくる。

「コロナから景気回復するには、いつまで?」

「2年以上かかる」

きょうの日経新聞の第1面、200人の社長たちに聞いたら、2年以上と答えたというものだった。

テレビでは、英国アストロゼネカ社が9月に実用化を計画していると報道しているが、冷静なところ、最も早くワクチンが実用化されるとしても、時期は来年3月、との専門家のコメントも。
実用化できるとわかってから、製造が始まる。一挙に1億人分製造できるわけではなく、できた分から順番に世界にの国々に配られ、各国ごとに誰から始めるかきめた順番で、投与開始となる。いまのところ、何年かかって人々に行き渡るかは、不明。景気がコロナに左右されなくなるのは、まんべんなくワクチンを打てる状況ができたときだから、景気回復に2年以上かかるという日経の社長たちの判断は、妥当なところだ。

「2年以上」というのが、2年とちょっとなのか、3年4年5年ということなのか。えらい違いである。社長たちは、コロナの状況とワクチンの動向を常時監視しながら、なにかあったら、すぐにブレーキを踏んだりハンドルを切って切ったりする経営をしいられることになる。経営とはいつでもそういうものだが、コロナについては、急流下りのように、すぐに事態が致命的になりうるので、「わたし、失敗しないので!経営」をやり遂げねばならない。

ワクチンが皆に普及できるまで、常に心配がつきまとう。景気は常に心配の中に置かれる。

きょう、ニューヨークの死者数がゼロになったそうだ。ニューヨークの医者たちは重篤者に手当たりしだいにいろいろな薬を試して、良い結果につながる治療薬の情報をすばやく(同僚レベルでインフォーマルに)共有して、うまく回復させられるパターンが見つかってきた、というところか。だとすれば、これは、治療の成功打率が上がったということだ。
よいことだが、しかし、感染自体が収束に向かうというサインではない。
さらに、夏が過ぎて寒い季節になるとウイルスが活動力を増して、感染を急激にぶり返す可能性が高い。
なぜなら、ウイルスの感染拡大を抑え込む確実なことを、人間側は、マスク類やつばの届かない距離という以外にほとんどなにもできていないからだ。これらの中世的な対策で感染拡大を防ぐ率は高まるが、ウイルスは死なずに、明日もやってくる。

強かったウイルスがなんらかの変異で弱毒化してくれればいいのだが、そういう他力本願はありえまい。

ウイルスは

死なずに

明日もやってくる

これは、むかし見た「商団」という韓国時代劇中で、国中を回遊するコッチョリ(こじき)の集団が、訪ねた村で踊りながら、地口のように歌うフレーズをもじったものだ。もとのフレーズは、たしか。。。

きょねん来た、コジキがことしも、また来たぞ。死なずに、今年もまたきたぞ。

国中を回遊するコジキの集団があちこちにいて、被差別階層の彼らの踊りがコミュニティ全体にとってなにかの祈祷的役目をはたしていたという朝鮮民俗の不思議さにびっくりしたが、こんかい経済を壊したコロナウイルスは、まさしく貧乏神をつれてくるコジキ集団みたいだな、と、思い出した次第である。

ウイルスは

死なずに

明日もやってくる

Visits: 162



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA