感染拡大中と都知事。じっとクビを引っ込めてる総理大臣。呆れてたり怒ったり諦めたりしている国民。増えては時短、減っては緩和を永遠に繰り返すループに入ったかも。

東京で500人近い数が2日続いたあと、きょうはやや減り、292人である。愛知は160人超、沖縄64人程度、川崎市は25人、練習試合の女子就学生3人が感染(京都)、兵庫で新た60人、西宮あらたに12人で半数が家庭内感染、財務省職員が感染で自宅隔離、宮崎で過去最多の30人(県職員、県教委)、、、、報告の記事が次々に送信されてくる。

人々は、「コロナ増えたよ」情報に慣れ始めていて、報道だけでは自分が感染するリスクを感じにくくなっている。鈍くなっているのだ。たけし曰く「世の中が動いてなきゃ自分もやる気なくて、、、」。芸人の宇多丸が「GOTOとか、増えるに決まってるってことやってんだから」

まもなく、重症者と中等症が急増してベッドに入れなくなる人が出るだろう。が、「コロナ死者数はインフルエンザの3分の1。規制強化は不要」と主張する意図たちもいる。西村氏は「GOTOキャンペで家族旅行は問題ないが、帰郷で高齢者の実家に行くのはよく考えてくれ」と談話。

7月30日、WHOは、「1月30日に出した緊急事態宣言の継続を決定した」と公表した。中国べったりと米国に批判されるWHOだが、緊急事態がおわってないというのは正しい。
コロナウイルスと同居せざるを得ない状況が、「新常態」と呼ばれている。これからさきは、何年も何十年も「新常態」が続く。
コロナウイルスで「感染あれども、死亡なし」になれば、コロナのことは忘れてくらすことができるだろう。だが、「感染なくならず、死亡もあり」なら、忘れ去るのはムリだ。死亡率が公定歩合より少なくなっても、感染を止められないなら、忘れることはできまい。終わったといえるのは、「諸国が、外国からの訪問者をコロナ感染者と疑わない」ようになってからだ。防疫鎖国が続く限り、国際交流は不可能。オリンピックも、万国博も、国債見本市も、ミュージシャンの世界ツアーもできない。

きょうは、この尻切れとんぼの文で終えることにする。「できない」のを「できる」に変えるすべは、読後にあなたが考えてくれ。

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