「コロナ」「COVIT-19」「自己家畜化」している日本人。家畜人ヤプーの話しではありません。「資本主義のだまし」「官僚どものいいくるめ」「高齢社会を大義名分化」で壊れている日本人の話です。

つれあいが、養老孟司推薦の池田清彦の「自粛バカ」という新刊を差し出して、「読め」。

タイトルを見て、書いてることは「自粛してるやつはバカだ」であろう、と想像。「リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋」という副題である。
おいらのように「ゼロウイルス主義、家にこもって、社交せず」をする者を揶揄しているのだろうと先入観して、読む前からやや不愉快。

まずは、目次だけを読んで「たいしたことない。本には一つくらい著者独自のデータがなければならぬ。それがどこにあるんだ?」と第一印象。

読んでみると、著者の独自データと言えそうな唯一のはなしは、「600万分の1のロシアンルーレット。1回1000円ならやるか?と早稲田の自分の学生に聞いたら、誰一人やるといわなかった」という話だけだった。
もうひとつ、「ツイッターで3月初旬の学校の一斉休業を批判したら、子どもが感染したらお前は責任をとれるのかとリプライがきてうんざりした」という体験も独自データだが、著者はこれではたと気づいて「なんで、子どもの命を守らねばならないという疑似正論を大声でさけぶのか。これは病的」と思って、この本を書いたそうである。

あれ??
「コロナで自粛する者はバカなり」というはなしではなく、「正義の暴走、正義の仮面をかぶった攻撃性」について書いているらしい。「自粛警察」「コンプライアンス」「新型コロナ」「不倫バッシング」「禁煙ファシズム」「地球温暖化神話」「定期健康診断という都市伝説」「ネットいじめ」「クレーマー」というキーワードで浮き上がってくる現代日本にみられる「バカ」といいたくなるようなメンタリティ、この日本を支配する空気、批判を恐れ思考停止している日本人、について、書いているのだ。

それでぜんぶを読み通してみると、「自粛はバカだ」とはどこにも書いていなかった。そもそも、この本文170ページほどの口述筆記本で正面からウイルスにふれているのは、あとがき5ページだけ。あとがきでは「コロナ」と言わず、学者らしく区別して「COVIT-19」と表記して医療的対処法などをのべている。本文で「コロナ」と表記してある箇所は、医療の話とは切り離し、このウイルスに直面してうろたえた人間の誤行動について書いている。

人間を「誤行動」(あやまりこうどう)にみちびくインテリジェンス(情報判断力)とメンタリティ(どうしてもなにかに偏ってしまう心的親和性)の問題は、ノーベル経済賞のカーネマンらの「経済行動のなかの非合理的判断」の問題に軌を一にする大きなそして人間の根源的な問題だ。
著者池田氏は、第4章「自己家畜化する現代人」で、とつぜん、「安全」「環境」「健康」を大義名分として盲目的に受け入れている国民を、「資本主義に騙されて、自分で自分を家畜化した存在」と見立てる。
ふむ、これは、ミッシュル・フーコーの指摘した「死ぬ名誉を重んじたかつての時代から変容して生まれた、生きることを義務付けて人々を縛り上げている”生の権力”の時代である現代」とガセット・オルテガの喝破した「史上初現代に生まれた”大衆”という存在」を、ビビンバのように混ぜて単純図柄にしてみせているではないか。また、池田氏が処方箋として提示する「自給自足」「限界集落に移り住んで復活させること」というのは、オルテガやフーコーよりも前の20世紀初頭に発起され今も続いているシュタイナーの運動に通じるアイデアである。まあ、”生の権力”という言葉も”大衆”も”シュタイナー”も50年100年たっている古い言葉なので池田氏の文には出てこないが、科学技術一辺倒や強大な資本のゴリ押しから個の健全性を取り戻そうとするなら、「自給自足」のような手しかないという共通性は感じられた。

同じ章で、池田氏が、自己家畜化から脱するために「自分」のいま置かれている場所を見つめるなら、わすれてはならないこととして、
・「権力と巨大資本による大量消費の罠」にとらわれていること
・「高齢化社会という殺し文句」で金縛りされていること
・「黒いものを白いものにする官僚組織」の蜘蛛の巣に絡め取られていること
の3つをあげている。
この分析は、おいらもサンセイだ。
そして、池田氏が告白でもするかのように
「自粛期間中は大半の人が出歩かなかった。私自身は年だから出歩かなかったけど、事情で出かけなければならない人をみんなでバッシングしたのは、ホントに情けない国だ」
と言っている。
なーんだあ、著者も家にひっこんで自粛していたではないか。
すると「自粛バカ」というタイトルは、なんだ? あっそうか。宝島社の編集者が「タイトルは、”自粛バカ”にしましょう。”疑似正義の暴走”なんてバカ正直なタイトルよりよっぽど売れますよ。養老先生の推薦をとってきますから」ということだったにちがいない。
「出版編集権力と巨大出版資本による大量消費の罠」という魔物に、池田先生もとりこまれちゃったのね。

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