ついに3500を越えた。変異株も頻出して、オーバーシュートが間近か。

最新コロナ状勢
新規感染者数
・全国3738人
・東京888人
・大阪289人
・7つの都道府県で、過去最多だった。

おいらは3500を越えないと予想してきたが、ついに越えた。フェイズが変わりつつあるのかも。明日か明後日のどちらかが3500を越えたなら、フェイズが変わったことは確定だろう
特に、英国、南アあたりで起きている変異種が日本に来るのは時間の問題だから、正月すぎにもグインと増加オーバーシュートするのは避けられそうにない。

入国者についての水際対策は、中国式の強権でストップする以外に成功する可能性はないが、できるか? できない。
また、国内での人の移動については、特措法を改定したらできるのか? できない。特措法改定の議論は、休業要請の話ばかり。諸外国がやってる移動制限ロックアウトの話は、人権制限憲法違反になるので、政府は怖くてできない。

政府当局が肝心なことをできないなら、国民はどうする? 残された選択肢は殆どない。
・なにもできない政府を見続け、コロナが自然終息するのを祈って待つ。
・社会をバイオハザード地区(感染地)とみなし、自宅をウイルス・シェルターとして、絶対的に感染を避ける個人生活行動をし、脇の甘い他人とは付き合わない。

だけである

現実には、感染はなかなか収束しないだろう。人ができる感染拡大防止行動のうち最もできていないのは、「考え方の選択」である。そこで、
・人との接触を増やす行動を行なう政治家や経済人やコメンテーターに対して、そういう行動をしたり、そういう行動をそそのかすような言動をとった場合に、罰を与える。 
コロナをただのかぜだと公言したり、
マスクする必要はないという非科学的なデマを言ったり、
人に酒を勧めて酔っ払って大声を上げさせたり、どんちゃん騒ぎさせたり、
時短要請を「営業妨害だ」と非難したり、
「経済との両立」というような幻想の言説を振りまいたり、
「GOTOトラベルは業界救済のいいアイデアだ」と言ったり、
するような、「人を惑わせて、コロナ地獄につれこむ言動」をする人々を、懲らしめるべきだ。
トランプがマスクを否定するようなサインを送り続けたためにアメリカのコロナが拡大した経緯を思い出せば、影響力の大きい政治家やコメンテーターが感染拡大の言説をとることを許してなならない。
これは自粛警察でも言論の自由の侵害でもない。コロナを抑えるための「考え方の選択」である。

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日本では、コロナで医療ワーカーがひどい貧乏くじを惹かされている。

コロナが社会のすべての領域に大きなプレッシャーをかけているために、いろいろな分野で、いままで曖昧なまま解決を放置してきた問題が、頭をもたげている。
もっとも切実なのが、「医療崩壊」の悲鳴が上がっている医業だ。
医師法によって医業は医師資格のあるものしか行えない。
医業は、医を人に供給することで対価を得る、れっきとした経済行為として定義されている。しかし、「医は仁術」という伝統的な価値観がいまだにのこっているために、現代の医業従事者は、医者であれ、看護師であれ、過剰な「仁」的行動を要求されている。今回のコロナの圧力下では、それが吹き出ている。
コロナが始まる前から、日本の医業者は、経済活動者としての自由裁量が極度に制限されるかたちでの運営を強いられてきた。病院医院は、一次二次三次医療圏という、国全体の医療供給の計画にそって、どれかの役割を割り当てられた。割当を決めた国厚生省は、割り当てた医療業務以外の範囲をこえた医業をおこなうことを懲罰する仕掛けの中で、割り当て員数の確保を担保してきた。このやりかたで、国全体の医療供給を実行してきたのである。
この官僚統制的やりかたは、旧ソビエトの5カ年計画や太平洋戦争時の国民総動員・経済総動員で行なわれてきた「人材資源の強制的割当」というやりかたと同じである。医療政策と称した分野では、
・医学生を育てる医学大学は、定員いくら。
・その卒業生のうち医師免許試験の合格は95%くらいを目標。
・厚労省と医科大で、各診療分野ごとに定員をきめ、定員を満たす方向に大学教授に新免許者を誘導する。
・こうして国厚労省が考える全体主義的計画で人員配置を実現し、これをもって、国の医療供給をコントロールする。
・診療分野ごとの人員割当が決まったら、つぎは、かれらがどこで働くか(医療供給するか)は、全国8000軒の病院での各病院の診療科別に配置する割当員数で決めていく。
というように進められていく。

結果として、
・医師がどの病院を選ぼうと、腕前やキャリアに差があろうと、支払側で診療報酬を統一的に統括されているので、報酬はほぼ同じ。ここに多少の凸凹があっても全体としてはほぼ同じになるので、国としては人件費の増減は心配しないでよい。逆に言えば、働けば働くほど収入と待遇が上がる制度でもない。医師個人は、妓楼の経営者に囲われた女郎と似た立場に置かれる。
病院勤務をやめ独立して開業医になることで医業経営者の道も用意されているが、開業医というポジションは、国厚労省の医療供給計画の中では、金が欲しくて勝手に医療供給をしている(国厚労省の言うことを聞かない)連中であり、報酬のことまで心配してやる対象ではない。国厚労省が面倒をみるのはいちばん最後というポジションになる。

医療を国民にどう供給するかという問題の根幹は、病院数や病床数の問題ではなく、医師と看護師の配置の問題である。そこが医業が、ホテル業や不動産業とは異なる根幹だ。
医師と看護師の配置の問題は、とどのつまり、報酬と待遇の問題である。
コロナで医療逼迫と医療崩壊が報道される。「もう限界です」と医師会の幹部が悲鳴をあげ、看護協会は、15%の看護師がやってられないと不満を感じている。これらは、報酬と待遇が釣り合ってないということだ。
応召義務がある医師でも、感染の不安があるなら、患者を断れる。医師の99%は義務感から断らないが、周囲と社会がこれに甘えて「医は仁術」を強要するのは、過剰サービスの強要罪といえる。世間的には医者は高収入者であってもそれはその理由があるからであり、過剰な奉仕を余分な背負わせてよいという理由にはならない。
国厚労省が「世界に冠たるすばらしい国民皆保険」と言って進めてきた医療供給の制度は悪くない。しかし、「国民皆保険」がすばらしくても、それをやるために国厚労省が実際に行っている員数割当と費用分配である「国民皆保険医療行政」はすばらしくはない。割り当てられる専門職者への報酬と待遇がすばらしくなければ、すばらしいはずの「国民皆保険」でさえ、働き手の善意と義務感と「文句を言わない音無しさ」につけこんだ「特攻隊精神の押し付け」という残酷行政になる。厚労省の役人は、現代版の「酷吏」ということになるだろう。
東京都知事が「小学生にお医者さんへの感謝の手紙をかかせる」と語っている。「手紙より、臨時の協力金をだせ」というコメンテーターもかなり多い。臨時の協力金を贈呈すると同時に、国厚労省が蓋をして隠している医療ワーカーの報酬と待遇を「どげんかせんといかん!!」という理解を、小学生の手紙の中に書かせたらどうか。たとえばこんな例文:
「おいしゃさん、かんごしさん、コロナで余計な苦労をかけています。感染症が発生したらこうするんだよという計画を前もってたてずに、余裕のない仕事を皆さんにおしつけてきた国が悪いと思います。コロナが肉体的にも精神的にもめちゃくちゃな負担をかけていますね。そんな困難な仕事環境のわりに報酬と待遇がなーんも考えられてないタダ働き状態であることもわかっています。どうか、感染だけは気をつけてください。しんどかったら、有給休暇をとってください」

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