「コロナに終わりは来ません。二三ヶ月ごとに一時的な短期の小康状態が生じるだけ。これを常態とした暮らしをデザインしてください」said by whom ?

新規感染者数
全国2026人。
東京376人
さいたま135人。
千葉135人。
神奈川117人
宮城153人
大阪300人。
兵庫116人

//////////////////////////

全国合計でもリバウンドがおきている。《急増した少数の自治体のせいであって全国的にリバウンドしているわけではない》という説もあるが、感染者数を自治体ごとに数えて「ここはふえてない・ここは増えた」ということには意味がない。自治体との境には関所がなく、言ったり来たりを止めることはできない。隣の自治体とは混ざりあっており、全国そのものがひとつのウイルス撹拌器なのだ。全国という撹拌機の撹拌を停止させなければ感染の収束はない。なのに、国は、撹拌を止める策を放棄している。国は、撹拌機の表面に浮かんだ個別の泡を「この泡が浮いているのは君の地域だから、君が掃除しなさい」と、自治体に泡掃除の係を任命しているだけ。撹拌機の底では、いつでも感染GO発進できるウイルスが人の接近という撹拌開始を待っているのだ。表面の泡をいくら掃除しても、底のウイルスを取り切れなければ、二三ヶ月ごとの小康常態はあっても、収束も終息もない。
国は、感染対策という重要政策に、打算を持ち込んでいる。
国が泡を取り切れない各自治体の責任を言うのは、国の責任を逃れつつ国が命令するという美味しい立場を保持し続けるためである。国は自治体を分割統治しているのだ。
これが国の打算である。
国という組織は、国民が99%死んでも、国家組織さえ生きのこれば、国を再生できると考える組織である。ミャンマーの軍組織のような時代遅れの組織でなくても、国民の命と国家組織のどちらが大事かといえば、国家組織なのである。中国や北朝鮮でも、(国家よりも党が上の)党組織に抵抗する人の命は、無価値である。民主選挙の国であっても、日本の国会議員と官僚のように「国家組織こそ全権者だ。地方自治体にも国民にもわたすものか」というこの感覚にたつ統治組織を、国民が自分の国として受け入れるのは、いずれ困難になるだろう。

//////////////////////////

Visits: 68



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA